やまがた未来プロジェクト2020

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2020.05.20

Next generation

#01 森谷美雲 山形大学4年 2020ミス日本「海の日」(東根市出身)

続けることも、一つの才能。
その言葉を信じ続けて、
開かれた扉があった。

「ミス日本」になってみて

 自分の可能性を広げるため応募した「ミス日本」のコンテストで、ファイナリストに選ばれた瞬間は忘れられません。今しかできないことにチャレンジして良かった。心からそう思いました。

 それから待っていたのは、東京での特別研修。本選までの4カ月、何度も東京に通いました。平日は授業とアルバイトをいつも通り続けていたので正直しんどかったですが、どんなに疲れていても美容と健康に手を抜かないよう心掛けていました。全力で動いている時間は、一歩一歩前に進んでいる手応えがありました。

 「ミス海の日」としての活動で、世界はさらに広がっています。日本を支える方々にお会いして貴重なご意見を聞かせていただいたり、小型船舶免許取得など新たなチャレンジに取り組んだりしています。この経験が、将来に向かってさらに努力を続ける原動力になっています。

なりたいのは、「伝えられる人」

 小さな頃から踊ること、歌うことが大好きで、さまざまなダンスを教わってきました。中でも人を励まし元気や勇気を届けるチアダンスには、私自身も困難を乗り越える力をもらいました。自分の表現したことが、誰かに伝わる、そんな瞬間が大好き。いつしか、アナウンサーという「伝える」仕事に就きたいと思うようになりました。

 大学での学業の傍ら、1年生の時から仙台の放送局でリポーターのお仕事を務めさせてもらっています。番組がオンエアされるまでの準備と苦労にも立ち会うことができたのは、とても貴重な体験です。ますます自分もこの世界で、何かの役に立ちたいと強く思うようになりました。目指すのは、「自ら発信できる女性」。狭き門ですが、挑戦しています。

支えてくれる家族、そして地元

 高いレベルのレッスンを受講したり、オーディションを受けたり、自分の夢に近づくため、東京など県外に出る機会がたびたびあります。でもそこには同じ夢に向かって努力する人がたくさんいて、自分に足りないものを見せつけられたり、悔しさを何度も味わいました。もう諦めようと思ったこともあります。そんな私を支えてくれたのは、やっぱり家族です。

 ミス日本コンテストの長期間の選考中、都内在住のファイナリストに囲まれ、不安と地方の差を感じ悩みましたが、これまでの東北の絆を思い出し、励まされ、自分らしさを大切に乗り越えることができました。授賞式が終わって山形に戻ってきた時、今までの緊張が途切れほっとして涙がこぼれてきました。やっぱり、地元って安心するんだな、ちゃんと結果を持って帰ることができて良かったなと思いました。支えてくれた方々に感謝でいっぱいです。いつか山形に恩返ししたいです。

キミヘ、森谷美雲より

 私がこれまでくじけそうになった時いつも思い出していたのが、小学校の時に頂いた、「続けることも、一つの才能」という一言です。この言葉を励みに「また次!」と気持ちを切り替えやってこられました。学生時代は、夢と現実のバランスを取るのが難しいと思います。ただ続けていれば、きっと扉は開かれる。それは今確信を持ってお伝えしたいことです。

 またどんな人と知り合い、親しくなっていくかは、ある程度の年齢になれば、自分次第かもしれません。すてきな人が周りにいるということは、今までの生き方に対する努力の結果だと思うんです。今を大切に、一つ一つの出会いを大切にしてほしいと思います。

撮影 / 菊地 翼  協力 / FLEDGED BURGER(山形市)

森谷美雲 MORIYA MIU
山形大学4年
2020ミス日本「海の日」

1998年、東根市生まれ。6歳からダンスを始め、中学時代に芸能活動をスタート。モデルのほかミュージカルの舞台などを踏む。昨年「ミス日本」にエントリー、2525人の応募者の中からファイナリストとなり、ミス日本「海の日」に選ばれた。小型船舶操縦免許を取得し、海洋イベントや海の安全啓発のシンボルとして活躍している。大学1年時から仙台の放送局でリポーターを務める。大学ではチアダンスサークルに所属。

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