やまがた未来プロジェクト2022

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2022.09.15

vol.15特集

なんでYAMAGATA?

※撮影時のみマスクを外していただきました

これだけグローバルになった世の中、どこに住むのか、選ぶのは私たち。そのような中、県外から移住してきた方々に聞いてみました。なんで山形だったんですか?地元民は案外見過ごしていた山形の魅力が、見つかるかもしれません。

酒田市内のコワーキングスペース「ライトハウス」にて。前職のスキルも生かしリモートワークを実践しています
酒田市内のコワーキングスペース「ライトハウス」にて。前職のスキルも生かしリモートワークを実践しています

好きな仕事、充実した毎日。しかし夫も多忙で育児はほぼワンオペ…。そんな状態から抜け出そうと移住を決意した伊藤さん。夫の両親との同居を選択した結果、食卓では季節の味覚を味わえて、子どもとしっかり向き合える時間も生まれたそうです。仕事は、コロナ前からリモートワークを実践していた都内の企業に再就職。市内のコワーキングスペースの存在も心強く、起業した若い経営者らとの出会いもありました。
今年5月には前職時代の上司を講師として招き、マーケティングのセミナーを企画。40人ほどが参加して盛り上がり、成功体験となりました。以前から興味があったイラストの仕事も始めるなど自身の幅を広げている伊藤さん。
「酒田の人は好奇心旺盛で、人間関係で嫌な思いをしたことがない。移住者ならではの視点でいろいろ発信していきたいです」

伊藤さんが企画し、5月に開催したセミナー。会社経営者や農家、ユーチューバーなどさまざまな人が集いました
2人の子どもは小3、年長に。家族で庄内の生活を楽しんでいます

山形の学生さんへ:身に付けたスキルは、きっと故郷で必要とされる

酒田はUターンする20代、30代の人が多く、地域を盛り上げている印象です。ベンチャー企業、農家さん、自治体関係者など想像以上にたくさんの業種の方との出会いがあり、刺激になっています。外に出て好きな仕事を見つけ、故郷に戻ってきたら、そのスキルを必要とする人がきっといます。そして〝飯の種〞をいくつか持つことをお勧めします。その方が安心ですし、人生豊かになりそうですね。

1985年、静岡県生まれ、千葉県育ち。大学卒業後、web広告代理店から、生活雑貨を取り扱う小売業に転職し、インターネット広告やPRを担当。結婚、出産を経て育児をしながら仕事を続けるも、東京での子育てに限界を感じ、退職。家族で夫の父の実家がある酒田市へ。都内のマーケティング会社に再就職し、リモートで業務を行いながら、イラストレーターとしての活動も始めた。夫と2人の子ども、夫の両親との6人暮らし。
http://hellofumie.com/

学生時代は仙台市から電車通学をしていた清水嶋さん。文化人類学への興味をきっかけに進学するも、将来のビジョンが当時はまだ見えなかったといいます。神社仏閣などその土地の風土をのぞくことが好きで、アルバイト代をためては何度も全国各地に足を運んだそう。大学3年生の時、東日本大震災で被災したことをきっかけに、死者を弔う花を手向けることへの意義を見いだします。「花をささげる行為は昔から世界共通の文化。これほど純粋な行動はほかにありません」。冠婚葬祭のお花を扱う会社を営む桑原利博さんと出会い、就職を決意。「やりたい仕事と尊敬する人が山形にあった。これからは、地域の子どもたちが花と接するきっかけづくりをしたい」と、花育の活動や、人材育成に力を注ぐつもりです。

「近所の農家さんからリンゴや野菜を頂くなど、よくしてもらっています」と清水嶋さん
お客さまの感情に寄り添い、イメージを形にするのがフローリストの仕事

山形の学生さんへ:インターネットで何でも調べられる時代だけど、自分の足で歩いてみて!

やりたいことが見つからないとずっと焦っていたのですが、たまたま進学した山形でやりたい仕事に就くことができました。人の心に寄り添ったり癒やしたり、存在意義のあるこの仕事に誇りを持っています。やりたいことは、思いも寄らぬところで見つかるもんだと実感しています。皆さんもまずは思い切って自分の足で一歩踏み出してほしいです。

1990年、仙台市生まれ。山形大学人文学部人間文化学科(現 人文社会学部)在学中、全国を旅行し各地の文化に触れる。東日本大震災の影響で就職活動の中断を余儀なくされるが、献花を担うフローリストという職業に山形で出合い、就職を決意。南陽市で花祭壇を学び、現在は米沢市の花店「Hana musubi」に、一級フラワー装飾技能士として勤務。好きな花はセルリア。

「四季を感じられる土地に住みたかったから」。鮭川村に移住した理由について、そう答えてくれたラーワーちひろさん。自然豊かな地域はほかにもたくさんありますが、決め手となったのは、移住支援の担当者が熱心で人の温かさを感じられたこと。そして始めた、絵本の創作。小さい頃から絵を描くことが好きで、保育士として働いた経験や自身の子育てを反映させながら『モンスターほいくえん』を2020年に完成させました。最上地方に伝わる民話を絵本にするなど、その土地ならではの創作活動にも取り組んでいます。仕事の依頼も徐々に増えてきたほか、ラベルを描く代わりにお米をもらうといった物々交換も。「好きなことを続けられる山形での暮らしが気に入ってます。今後は子どもたちが自由にアート表現を楽しめるような場も、山形県に作っていきたいですね」

ちひろさんの夫・フレッドさんと、長男のヒューゴくん、次男のルカくん
『モンスターほいくえん』はイヤイヤ期だった長男をモデルにした作品

山形の学生さんへ:びびらず、自分の仕事に値段を付けよう!

沖縄を旅行中、旅費が足りなくなり、地元の人の助言に従って国際通りで似顔絵を描いて売ることに。そしたら1週間くらいで群馬までの旅費を稼ぐことができたんです。人間は意外とこうやって生きていけるんだと・笑。自分に価値を付けるのはとても難しいけれど、その先の自分の仕事につながっていきます。そんなリアルなお金の話も若い世代に伝えていきたいです。

1987年、群馬県生まれ。地元の短大を卒業後、埼玉県などの保育園に就職。退職後、外国語指導助手をしていたフレッドさんと出会い、結婚。千葉県や米国、群馬県での生活を経て、自然環境を利用した子育て支援活動を行いたいと移住先を探す中、支援が手厚かった鮭川村に2018年、移住した。2人の子どもと4人暮らし。趣味はシュノーケリング。

米沢市塩井地区にある畑で、アスパラガスや茎ブロッコリーを栽培している高橋さん。神奈川県茅ケ崎市に家を建て、住んでいた頃から、仕事の傍ら近くに畑を借り野菜を育てることで、自分なりに農業の経験を積んできたそうです。現在は首都圏の百貨店や高級スーパーに茎ブロッコリーを卸しており、その品質はお墨付き。またアスパラガスは、今年初めて米沢市内のカフェなどに納品しました。自然相手の仕事だけに失敗はあるものの、それを経験値に変えながら日々前へと進んでいる高橋さん。「隣近所の人たちがいつも、とても温かく声を掛けてくれるんです。しかも『機械を全部貸すから米の栽培をやってみないか』と挑戦を後押ししてくれる農家さんもいて、本当にありがたい。従業員をしっかり雇用できる態勢が整ったら米作りにも取り組んでみたいです」

消防職員時代は、消防士としての火災の消火や本部勤務などを経験
「農業をしたい」という意思を尊重してくれた妻の存在が何よりの支え

山形の学生さんへ:不安なことは、全部書き出してみよう!

挑戦に向けた一歩を踏み出す時は、どうしても大きなエネルギーと勇気が必要。それでも私がこうしているのは、不安材料を書き出して自分なりに細分化し、それを一つずつ潰していけたからだと思っています。あと個人的には、若いうちに一度東京や海外に出て武者修行してみることをお勧めします。外に出ることで気付く地元の魅力ってたくさんありますから。

1983年、千葉県生まれ。大学を卒業後、横浜市消防局に入職。消防士として経験を重ねる一方、農業の担い手不足といった問題に危機感を抱くように。そこへ長年の夢だった「起業」への思いも加わり農業での独立を決意。2019年、南陽市にある妻の実家からほど近い米沢市へ移住し就農した。妻と2人の子ども、千葉から移住した父親との5人暮らし。

「日本のゲレンデのパウダースノーを、外国の方が敬意を表して〝ジャパウ〞と呼ぶんです」。そう教えてくれた会田さんは昨年、一家で尾花沢市に移り住みました。「家から歩いて行ける」「雪質の良いゲレンデ」を探しようやく見つけたのが、花笠高原スキー場。一家が住むログハウスはリフトまで徒歩1分。その目と鼻の先の空き店舗に、店舗兼工房も構えました。「ここの雪質は国内の名だたるスキー場と比べても遜色ない。特にナイターは一度体験してほしいですね」。会田さんがオーダーメードしているビーニーは、耐久性とファッション性が高く国内外に多くのファンを持ちます。今後は、初心者や子ども向けのスノボ教室も計画中。〝ジャパウ〞とビーニー。それらを求めて、大好きなこの地へ足を運ぶ人が一人でも増えたら、と会田さんは言います。

妻の舞衣さん(左)と5人きょうだいと。末っ子の光雁くんのお世話係は姉妹で取り合いに
「誰の足跡もない、サラサラの雪を滑走する経験を一度味わってほしい」と会田さん

山形の学生さんへ:好きなこと一つでいい。自分の強みを見つけて進もう

学生時代にハマったスノーボード。結局これに関わりたくて、いろんなチャレンジができました。スノボでつながった仲間や友人は、現在も仕事のパートナーとして、それぞれの立場から協力してくれます。胸を張って「これが好き」と言えるものを早く見つけてほしいですね。あと、山形の雪山の環境がとても良いので、ここに生まれた皆さんがうらやましい。スノボ、一緒にやりましょう!

1975年、埼玉県生まれ。大学卒業後、大手総合住宅メーカーに就職。趣味のスノーボードのため雪の多い勤務地を希望し山形へ。ウインタースポーツに関わる仕事をしたいと4年で退職しカナダへ移住。ウエイターをする傍ら、雪山の防寒に適した帽子(ビーニー)のブランドを立ち上げる。帰国後、栃木でショップを経営した後、山形県へ移住した。妻と5児の7人暮らし。

「やりたいことがあるなら、親がとやかく言うことではない」と父。そんな父も千葉から移住し、今は山形で一緒に暮らしています。山形の夏は暑いといいながら・笑
 

海外含め、いろんな場所に住んできて、地元の群馬から山形までは車で数時間。そう遠く感じません
 

本当は大変だったかもしれませんが、妻から不満を聞いたことはありません。子どもたちは転校する時にお友達とお別れがつらかったようですが「新しいお友達もできるし、どっちも友達だよ」と言ったら納得してくれました
 

新興住宅地で育ったので、歴史ある街に憧れがありました。庄内にはしっかりした歴史やストーリーがあり、強烈な四季の変化も魅力的だと感じます
 

ご近所さんから食材を頂くこと。イラストを描く代わりにお米をもらえるような「物々交換」の文化が面白いです
 

東京では子育てのため時短勤務。今はフルタイムで働けるので収入は下がっていません。夫の祖父宅をリフォームして住んでおり、都内で住宅ローンを抱えることに比べれば生活費は安く済んでいます
 

収入や家賃は仙台に比べて安いと思います。単身なので困らない程度にお金があればいいので、今は勉強や経験にお金を使うことが多いです
 

家賃は関東に比べると、山形の方が安い。移住前は一戸建てを資産価値も考え購入し、無事に売却。今の住まいに引っ越す時は、オーナーさんのご厚意があり、お金で買えない「人の温かさ」も実感
 

絵本作家としての今の収入は、波があるけど、平均して保育士時代より多いと思います
 

「いくら欲しいか」より「何がしたいか」を優先しているので、収入はあまり気にしていません。好きなものがあればそのために節約もするし、工夫をするようになると思います
 

山形に引っ越してすぐ、近所のラーメン屋の店主から「見ない顔だな、ここに来てくれてありがとう」とごちそうしてもらったことも。山形は、世話好きな人が多い印象
 

芋煮会という文化も、仲良くなるツールとしてとても良いですね
 

謙虚なところは良いと思いますが「どうせ山形だし」と卑下するのはもったいないかも
 

山形への移住を決めてから免許を取得。都内では電動自転車で子どもの送迎をしていたので、車はずっと楽だし楽しい。いろんな場所に自由に行けるから、行動範囲と選択肢が広がりました
 

収穫した野菜を届けるため、軽トラが必須。父は楽しそうに自転車に乗っています。市街地在住だからできるのかもしれないけど
 

車で行けるスーパーもあるし、古着屋さんもある。インターネットで好きな物を購入できるし不便は感じないです
 

皆さんは当たり前だと思っているかもしれませんが、ごはんが信じられないおいしさです
 

ドライブが趣味なので、山形県は面白い場所が多い
 

農作物全般。もっと首都圏に売り込めるはず!
 

自然環境。今あるものの大切さに気付いてほしい
 

スキー場と雪です
 

蔵王で新しい宿泊スタイルを展開する「SANGORO」のオーナー菊地昭貴さんと、地域の情報を発信している女子大生ユーチューバー「おたみや」の二人。県外出身者と学生の目線で、山形の魅力などについてざっくばらんに語り合いました。

若い人がやりたいこと 応援してもらえる

女子大生ユーチューバー おたみや

大竹希美さん(写真左)と二宮綾音さん(同中央)のユニット。米沢東高校2年時に探究活動の一環で、コロナ禍でもできる情報発信として動画の制作を始め、「学校公認ユーチューバー」として活動。行政や企業、他の高校生団体とのコラボも実現させてきた。今年春、それぞれ大学に進学後も活動を続けている。
Youtube「おたみや」で検索

成長を確信し、事業継承 段違いの食の豊かさが魅力

株式会社三五郎 代表取締役 菊地昭貴さん

1980年、宮城県生まれ。米国への語学留学などを経て地元・涌谷町で起業。山形県内では2012年、蔵王の山小屋「三五郎」を承継し「forest inn SANGORO」にリニューアル、売り上げを約7倍に拡大させた。蔵王中央高原エリアの活性化にも尽力。涌谷町では飲食店2店舗などを経営する
ほか、アクションスポーツパークを今秋開業予定。
sangoro.co.jp

県外に出てみて気付いた良さもありました

すてきなホテルですね!蔵王の中央高原には初めて来ました!

ありがとうございます。ぜひ動画で紹介してください。

もちろんです!ところでアニキ(菊地さんがアニキっぽいのでその場のノリでそう呼ぶことに)は宮城出身なんですよね。なぜこのホテルのオーナーに?

蔵王にはスノーボードで通っていて、三五郎小屋でアルバイトをしていた縁で、前のオーナーから継がないかと頼まれ…。そのときスキー客は減少傾向だったんだけど、蔵王、そして中央高原エリアには可能性があると感じていて。「しっかり経営すればもっと発展する」という確信があったので、引き継ぐことにしたんです。

へー(感心)。山形の可能性って、具体的にはどの辺に感じてますか?

何といっても食のポテンシャルは高いよね。「山形はどの店で食べてもうまい」と県外の人によく言われるけど、本当に段違いだと思う。素材が良い上、実直に料理しているお店が多いなあと。

(二宮)私は青森の大学に進学したんですが、確かに県外に出てみて初めて山形の食べ物のおいしさに気付きました。あと四季がはっきりしているのもいいですね。

ところで二人はどうしてユーチューブ活動を始めたの?

高校の探究活動で地域の課題について調べていて、同年代の子たちが地元の良さを知る機会がないのが問題だと感じました。でもコロナ禍で、対面のイベントを開くことができなくなり、たどり着いたのがユーチューブ。私たちが地域で面白いと思ったことを分かりやすく伝えようと、いろいろやってきました。ちなみにもしアニキが私たちの立場だったら、どんな動画を作りますか?

うーん、やっぱりとにかく食いまくるかな(笑)。じゃあ二人がこれまで活動してきて、感じた「山形の良いところ」って?

若者の挑戦を応援してもらえるところ! 高校生の時、公務員や大学生の方にコラボをお願いすると、皆さん「いいよ〜」ってOKしてくれました。例えば米沢市さんとは、段ボールコンポストの体験動画を作りました。やりたいと思ったことをどんどんやらせてもらえました。

地元を盛り上げるアイデアを後押ししたい

なるほどね。俺も25歳の時、地元の商工会青年部でお祭りの運営を担当したことがあって。最初は小さい祭りだったのが、やりたいことを全部やってったら1日2万人来場する祭りになった。それも全ては、若造の自分に任せてくれて、チャンスをくれた先輩方がいたから。だからこそ自分も、地元を元気にするためには若い人が頑張ってほしいと思っていて。2020年、関係する企業と一緒に中央高原活性化実行委員会(CKVEC)という組織を立ち上げたんです。若手の社員たちがこれからの蔵王について熱く語り、アイデアを出し合っています。
 そこから8月にイベント(グリーンフェスタ)を開くようになり、夏場のお客さんは約15%ずつ増えてきました。新たな名物としてプリンを発売したのも女性スタッフのアイデアから。この夏限定の「スモーキーハニーピスタチオぷりん」もすごく評判いいんですよ。

めっちゃおいしいです!そして私たちも、これまで応援してもらった分、今度は後輩たちを応援したいと思っています。母校の米沢東高校で開催している地域活性化アイデアコンペ(びっくり!コンペ)に、今年は審査員として関わり、動画でPRしています。自分たちの経験を、地元の中高生に伝えていきたいです。それじゃあアニキ的に、山形の若者に伝えたいことってありますか?

うーん。例えば「こういうことやってみたい」ってぼんやり考えてる人ってたくさんいると思うんだけど、考えているだけではなくまず実行してほしい。調べてみたり、そこでバイトしてみたり。何でも「やってみる」ことって、すごく大事だと思う。

なるほどー。その辺は私たちも同感です。そして挑戦してみて、難しいと思ったらまず大人を頼ることをおススメします! 最後に、山形には面白いことがいっぱいあるので、それを知るためにもぜひ「おたみや」のチャンネル登録よろしくお願いします!!

蔵王中央高原エリアの活性化にも取り組む菊地さん。何でも「やってみる」ことが大切と語ります
「forest inn SANGORO」(左)と夏限定の「スモーキーハニーピスタチオぷりん」
元「米沢東高校公認ユーチューバー」の二人。「困った時は大人に頼ろう!」と後輩にアドバイス
「おたみや」のユーチューブチャンネル。コンセプトは「地域を面白く発信」

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